“桜味”とは?
“桜味”の正体
春になる食べたくなる桜餅、それに続々と登場する定番の“桜スイーツ”ですが、“桜味”とは具体的には桜の何の味なのかと問われると意外と知らない人が多いのではないでしょうか。“桜味”というと桜の葉や花を想像するかもしれません。しかし、桜の葉や花をそのまま食べてもいわゆる“桜味”を味わうことはできません。
“桜味”の正体は『クマリン』という香り成分の一種です。クマリンは生きている桜の葉や花の中では糖分子と結合したクマリン配糖体、『o-クマル酸』として細胞の液胞内に存在していて、桜の花の匂いをかいだり、生の葉や花を食べても“桜味”の独特の風味はしません。しかし、葉や花を塩漬けにしたり、破砕したりすると液胞の中にあるクマリン配糖体が液胞の外にある酵素と反応してクマリンが生成されます。そうして“桜味”と呼ばれる独特の風味がするようになります。
“桜味”の原型は江戸時代の1717年(享保2年)に現在の東京都墨田区向島の長命寺の門前で売り出された塩漬けにした桜の葉で餅を巻いた『桜餅』であると言われています。これは“関東風桜餅”、もしくは“長命寺餅”と呼ばれるものです。
桜の香り成分、“クマリン”
クマリンはベンゼン環を有する芳香族化合物の一種で化学式はC9H6O2で表されます。
クマリンには抗菌効果や抗血液凝固作用があり、血栓防止薬などにも利用されています。また、クマリンには肝毒性があるため、長期過剰摂取すると肝機能を弱める恐れがあります。そのため、日本ではクマリンを食品添加物として使用することは認められておらず、人工的に“桜味”を足す場合には他の甘味料が使用されます。
とはいえ、クマリンはパセリやシナモン、もも、柑橘類など多くの食材にも含まれており、桜の葉を大量に食べたりしなければとくに気にする必要はありません。なお、EUでは医薬品に含むクマリン摂取量を体重1kg当たり0.1mgと規定しています。
ほかにはクマリンにはブラックライトを当てると蛍光する性質があるため、不正軽油を検出するための識別剤として灯油やA重油に添加されています。
“桜味”と“サクランボ味”
“桜味”は“サクラ”の果実であるサクランボの味とは異なります。サクランボ味、もしくはチェリー味の風味を作るのはいわゆる“桜味”を作るクマリンではなく主に『ベンズアルデヒド』という香り成分によるものです。ベンズアルデヒドはあんずにも含まれていて、杏仁豆腐の風味もベンズアルデヒドによるものです。
桜の実という意味の“サクランボ”ですが、ソメイヨシノなどの一般に花が鑑賞される桜は実が小さかったり、味が適していないなどの理由で実を食用にするこは向きません。いわゆる“サクランボ”の多くはヨーロッパや西アジアが原産のセイヨウミザクラやスミミザクラを品種改良したものです。
セイヨウミザクラやスミミザクラもほかのサクラのようにきれいな花を咲かせるので観賞用の庭木などとして栽培されることもあります。
春の定番、桜餅
2種類の桜餅
桜餅は大きく分けて2種類、“関東風”と呼ばれる長命寺餅と“関西風”と呼ばれる道明寺餅があります。
長命寺餅は東京都墨田区向島にある長命寺の門前で売り出されたのがはじまりとされます。落ち葉掃除で出た桜の葉を塩漬けにして薄い皮で餡を包んだものに巻いたのが“長命寺桜もち”です。この桜餅はまたたく間に人気となったといいます。
一方道明寺餅は長命寺餅の人気にならって天保年間(1831年~1845年)の間に現れたものとされます。道明寺粉で作った餅に餡を詰めて桜の葉で包んだもので、関東以外のほとんどの地域では単に“桜餅”というとこの道明寺餅のことを指します。
ちなみに道明寺粉は水に浸して蒸したもち米を干して粗めにひいたもので、大阪府藤井寺市にある道明寺で最初に作られたとされることが名前の由来です。
桜餅の葉っぱ
桜餅を包む桜の葉は多くの場合、葉の大きさや柔らかさ、色合い、うぶ毛がないこと、それに香り成分であるクマリンの含有量が多いことからオオシマザクラの葉の塩漬けが使用されています。オオシマザクラは桜の野生種のひとつで、一重咲き白い花を葉と共に開くのが特徴です。オオシマザクラは伊豆諸島をはじめ、伊豆半島、房総半島、三浦半島にも自生し、東京などでも植樹されたものを見ることができます。
食用のオオシマザクラの葉の約7割は静岡県松崎町で生産されています。畑栽培のオオシマザクラは毎年1月から2月の間に前年に伸びた枝を剪定され、そこから伸びた枝の葉が5月から8月にかけて1枚ずつ手摘みで収穫されます。葉は収穫した日のうちに工場で塩漬けにされます。オオシマザクラも果実をつけますが、いわゆる“サクランボ”と比べると実が小さく、えぐみが強いので食用にはされません。
ちなみに、桜餅の桜の葉を食べるか食べないかは人によって意見が分かれますが、全国和菓子協会は葉っぱを外した方が本来の菓子の味が感じられるとして、葉を剥がして食べることを勧めています。とはいえ、桜餅を販売する店舗によっては葉ごと食べることを薦めていて、どちらが正解とは一概には言えないようです。