飛行機が正確に駐機できる理由
自動車を運転する人でも駐車に苦手意識がある人は多いですが、空港でターミナルの前に並ぶ飛行機を見ているとすべての飛行機が駐機場に引いてある線の上にきれいに駐機しています。なぜ巨大な飛行機をピッタリ決められた位置に止められるかというと「マーシャラー」と呼ばれる誘導員に飛行機は誘導されて駐機場に入ってくるからです。
ターミナルから飛行機が駐機場に入ってくるのを見ている時、飛行機の方に注目してしまいがちですが、飛行機が向かう先にオレンジ色のパドルや誘導灯を両手に持ったグランドハンドラーがいるのを見つけることができます。このグランドハンドラーがマーシャラーです。
自動車を駐車するとき、駐車スペースに余裕があればある程度の誤差は許されますが、飛行機は駐機する位置がずれてしまうとターミナルと飛行機をつなぐボーディングブリッジが接続できなくなったり、地面に設置されている給油設備に接続できなくなってしまったり、駐機場からはみ出してしまったりする可能性があります。飛行機は機種によって大きさも様々なので、マーシャラーはそれぞれの決められた位置にぴったり止まれるようにパイロットに合図を送って誘導します。
飛行機はバックすることができないので自動車を駐車する時のように駐車を簡単にやり直すことはできないので、マーシャラーには高い技術が求められます。そのため、駐機場で働くグランドハンドラーは多いですが、訓練を経てグランドハンドリングの会社の社内資格試験に合格した人だけがマーシャラーの業務を行うことができます。一方、一人で大きな飛行機を誘導する姿にあこがれて、マーシャラーを目指してグランドハンドラーになる人も少なくないと言われ、グランドハンドリングの「花形職種」の一つです。
マーシャラーのハンドシグナル
マーシャラーは決められたハンドシグナルを使用して飛行機を操縦するパイロットに合図を送ります。これらのハンドシグナルは国際民間航空機関(ICAO)によって国際的に決められており、世界共通です。
飛行機が近づいてくるとマーシャラーは位置につきます。マーシャラーは停止位置の先、飛行機から見て正面に立ちます。
大型機を誘導する場合は高い位置にある飛行機の操縦席からよく見えるように昇降台や「マーシャリングカー」というリフトが搭載された車両の上から誘導することもあります。
停止位置付近には「チョークマン」と呼ばれる別のグランドハンドラーが立つことがあります。チョークマンの本来の役割は停止した飛行機に「チョーク」と呼ばれる輪止めをセットすることですが、停止位置に立ってマーシャラーの補佐役も行うことがあります。
誘導する飛行機が見えるとマーシャラーは両腕をまっすぐ上にあげて目標地点を示します。これは「注目せよ、誘導を開始する」という合図です。
次に、飛行機が舵を切るべき方向を示します。その方向を片手で指し示しながら、もう一方の腕の肘から先を振ります。
飛行機がガイドラインの上にまっすぐになると両腕の肘から先を振ります。「そのまま直進せよ」の合図です。
飛行機が停止位置に近づいてきたら肘を腰のあたりまで下げて両腕の肘から先を振ります。「減速せよ」の合図です。
飛行機がさらに停止位置に近づくと両腕をまっすぐ左右に伸ばし、徐々に上にあげていきます。これは「停止せよ」の合図です。
飛行機が停止位置に達するタイミングでパドルが頭上で交差するように合図を出します。
チョーク(輪止め)がセットされるとボーディングブリッジが接続し、降機できるようになります。
マーシャラーがいない?VDGSとは?
羽田空港や成田空港など大きな空港ではマーシャラーを見かけないことも多くなりました。なぜマーシャラーがいないのかというと、マーシャラーに代わるVDGSというシステムによって誘導が機械化されているからです。
VDGSはVisual Docking Guidance Systemの略で、駐機位置指示灯とも呼ばれます。VDGSは赤外線レーザーによるセンサーとパイロットに情報を提供する画面で構成され、赤外線レーザーによって進入してくる飛行機の種類や位置を検出して位置を計測し、画面に飛行機の位置や停止位置までの距離を表示します。
VDGSは飛行機の操縦席と正対するように設置されるので、ターミナル内から表示内容を見ることはできません。しかし、出発ロビーと同じ高さに設置されていることも多いのでVDGSが設置されているということは裏側から窓越しに見ることができます。
VDGSにはまずグランドハンドラーがあらかじめ次に駐機場に入ってくる機種を入力しておきます。入力された機種の情報は画面に表示されます。
VDGSが駐機場に進入してくる飛行機を検知すると駐機場のガイドラインを模した「T」字状の表示に切り替わります。
VDGSが左右どちらかにずれていることを検知すると修正を指示する表示が自動的に出ます。下部にある「↑」がガイドラインに対する飛行機の位置を示し、赤い「>」で右へ寄るように示します。
停止位置まで30m以内になると停止位置までの距離が数値で表示されるようになります。進入速度が速すぎることが検知されると減速を指示する「SLOW」が表示されます。
停止位置まで20m以内になると「↑」が画面上で停止位置を表す横線に近づいていき、視覚的に停止位置に接近していることが分かるようになっています。
飛行機が停止位置に達すると「STOP」の表示が出ます。
正しい停止位置に停止していることが検知されると「OK」の表示ができます。
チョーク(輪止め)がセットされると「CHOCK ON」の表示が出ます。この表示は自動ではなくグランドハンドラーの操作で表示されるものなので省略される場合もあります。
見かけることは通常ありませんが、他にも事前に入力された機種と違う機種が検知された場合に表示される「ID FAIL」や停止位置を通り過ぎてしまった場合に表示される「TOO FAR」といった表示があります。
このように、VDGSを使用することで飛行機はマーシャラーによる誘導なしで正確に駐機することが可能になりました。
とはいえ、完全にマーシャラーという職種が不要になったわけではありません。VDGSを備えているのは大空港でターミナルに隣接している駐機場のみで、地方の空港の駐機場や大きな空港でもターミナルから離れた場所にある駐機場ではVDGSが設置されていないことがほとんどなのでマーシャラーによる誘導が行われています。